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ドラマ 詳細データどてらい男(「男」にルビ「ヤツ」が付く)(どてらい男(1)(立志編)、どてらい男(丁稚・独立篇、戦争篇(戦争編)))

関西テレビ開局15周年記念番組。「1928年(昭和3年)、金物の町・大阪立売堀の機械工具販売・前戸商店に丁稚見習いとして採用された福井県三方村出身の青年、"モーやん"こと山下猛造(西郷輝彦)。立派な商人になるという大望を抱いて意気揚々と働き始めたが、持って生まれたド根性と型破りな行動から郷里で"どてらい男"と呼ばれた猛造の新米丁稚らしからぬ言動は、旧弊な商店の人間たちをとまどわせ、生意気だと先輩店員たちの反感を買う。中でも番頭の竹田(高田次郎)は猛造を忌み嫌い、店から追い出そうと執拗にいやがらせをする。しかし、猛造は同郷で同僚の親友・尾坂(田村亮)や先代社長の娘・弥生(由美かおる)、岡田支配人(大村崑)といった理解者に助けられながら、持ち前の機転とがむしゃらな行動力で困難をひとつずつ乗り越えていく。【この項、AMAZON広報資料より引用】」昭和初期の大阪で、商店の下働きとなった「もーやん」こと山下猛造(西郷輝彦)が、破天荒な行動力とアイディアで出世していく。タイトルに使用されている「どてらい」は「すごい」という意味の和歌山・紀州地方北部の方言。好評で続編が次々と作られて全181回の長きにわたり制作された。演出の内海佑治は回顧する。「私の経験では高視聴率の番組は難産が多かった。ゴールデンタイムで常時20%以上、時には30%を超えた『どてらい男』は、はじめ予定していた番組がフジの企画に似ているとかで制作直前につぶれ、慌てて新しくつくりかえたのに、今度はスポンサーの逆鱗にふれて半年以上もオクラ入り。がフタをあけてみると3年6ヵ月181回の超ロングランとなった。【この項、文:内海佑治氏(「民放くらぶ」第83号(日本民放クラブ、2006/09発行)より引用)】」出演者のうちなべおさみは本作開始の前年に大手プロ・渡辺プロダクションを抜けており、仕事が途絶することにおびえていた時期だったという。本作出演の経緯を後年、自著で記している。「「なべおさみ自殺!」新聞の見出しは大きかった。新聞を買ってみると、「自殺!」の後に「か?」と書いてあった。「か」も何んにも、その本人が買って読んでいるんだから愉快だった。世間で騒いでいる程、私は動揺してはいなかった。肚は据わっていたからだ。巨大プロダクションを辞めて、その道で生き残った者はいなかった。渡辺プロにも余り前例が無かった。渡辺プロそのものの歴史がまだ十五年しか経っていなかったからだ。私が自殺かと東スポが大見出しを打ったのは、1974年の春でした。5月1日に渡辺プロを辞した時、けじめとして頭を刈って渡辺晋社長に礼を表しました。新聞の写真は、その坊主頭でくわえ煙草。俯いているのか沈んでいるのか、とにかく意気消沈の風情。これのド・アップです。駅頭でこの見出しだけ見れば、「あっ! あいつ死んだか!」そう思うに違いありません。一面のユニークさが東スポさんの御家芸です。あの時には、この電撃的な報道が全国の売店を賑わしたお蔭で、私の名は知れ渡ったものでした。小さな子供も読める「なべおさみ」の平仮名文字は、それなりに認知度を上げました。これは先行きの不透明な不安の反対側にある恩恵でした。意外に大きい効果があるものなのです。それは直ぐに私を驚かす事になりました。なななんと!関西テレビが制作し、全国フジテレビ系列で放映していた『どてらい男』の出演依頼が飛び込んで来たのです。西郷輝彦さんが役者として取り組んで大ヒットさせていたテレビドラマでした。これは後で知らされたのですが、この番組の脚本を書いていた当代一の売れっ子作家・花登筐先生は、物語を進行させながら私の姿を東京スポーツ一面で見て、雷(いかずち)に打たれた如くアイディアが閃いたそうです。人生とは本当に不思議です。ここにも又、救世主たる人が現れるのです。「モーやん(『どてらい男』の主人公)を戦争に行かそう!」私の坊主頭から発想した天才作家のペンは、一気に走りました。「あいつ、使ったれ!」1973年10月から始まった『どてらい男』は関西テレビ制作でフジテレビをキーステーションに系列で全国放送となっていました。1974年5月1日に渡辺プロを辞めた身には、重く軋轢がのしかかっておりましたが、東京のフジテレビ内で撮る関西テレビの『池田大助捕物日記』と、以後大阪の関西テレビでの『どてらい男』に出演となり、私の姿は消える事はありませんでした。この時の花登筐先生には、短い御縁でしたが、まさに泥沼に手を差し出し、私を救い上げて頂いた気がしています。「あいつ、レギュラーにしたれ!」たった一本の出演の筈が、毎週出る事になるのです。この1975年3月25日(※)からの戦争編の最初の録画風景は、79歳の此の身にも克明に残照の様に残っております。モーやん役の西郷輝彦さんが風呂に入っていて、外で薪をくべている二等兵の私に声を掛ける。「お前、何んで戦地へ来たんや?」「うん、盗っ人で捕まって、牢屋入るか軍隊入るかって……」「うーん……お前、何盗んだんや?」「パン一個……」「パン……」「妹が腹減らしとって、食べさしてやりたかったべよ!」「……!」風呂につかっている西郷輝彦先輩二等兵。外で屈んで風呂釜に火を焚いている私。二人の小さな会話が続く。貧しい貧しい東北の寒村の人間の姿が、浮かび上がって来て、ついにモーやんは湯の中に両手で顔を覆って突っ伏す。これが18分間、静かに進行する、息を呑むシーン。「ヨーシ!・カメラテスト行こう!」山像信夫ディレクターの声が飛ぶ!「ここ、西郷さんもなべさんも、楽にやって下さい! 皆んなは、本番気分で気を抜かずやってみよう! とちっても止めないで最後まで行くよ! よーし、行くぞーっ!」ブースは2階でガラス鉢の様になっていて、スタジオの頭上にある。そこから檄が降って来て、全員が身を引き締める。本番前の段取りテストだ。「ヨーイ! スタート!」18分は長い。放映時間55分の番組は、CM時間を差し引くと正味40分一寸(ちょっと)だろう。その中の18分のシーンは長い場面で、動きの無い実に重々しい重要な時間だった。その重責を感じさせない様にしてやろうと、このディレクターの神経は、実に繊細に働いていた。最初の立ち稽古をドライ・リハーサルと言います。この時にも山像さんはこう言いました。「なべさん、軽くやってね! 本番まで本気は取って置いてね!」そうしてカメラ・リハーサルだったのです。「はいOK!」山像さんの大声が響いた。リハーサル中、気が入って涙が流れてしまったが、次なる段取りに入る為の心づもりをしていたら、「OK! 今の最高! 次、行こう!」「えっ?」と、なった。OKって、今のカメラ・リハーサルが本番なの? 一体どうなってるの?驚いた。山像流の撮り方だった。本来であれば、この後、ランスルーの稽古、そして、いよいよ本番となります。でも、山像さんは違っていた。芝居が出来ているとみたら、そう何回も芝居をさせないのだ。スタッフも気心が知れていて、「こりゃ本番だぞ!」と判断してしまう。カメラも音声も照明も一丸だった。西郷輝彦さんをドラマでスターにしてしまっただけでなく、その蔭でなべおさみも生かしてくれた。花登先生や山像さんは、忘れてはならない恩人なのです。この山像さんは、今では劇作家で演出家。女優・野川由美子さんの旦那様です。感謝感激!(※この放送開始日は誤りと思われる)【この項、なべおさみ著「昭和裏芸能史」(2018/10/20、文庫ぎんが、イーストプレス刊)より引用】」番組内に表示された各回のサブタイトルは以下のとおり。第一回・第二回(サブタイトルなし)、第三回「にぎりめし」、第四回「みち潮ひき潮」、第五回「見たぞ!秘密を」、第六回「やられたら、やりかえせ!」、第七回「酒と女と学校」、第八回「朝がえり」、第九回「対決!番頭対丁稚」、第十回「食うか 食われるか」、第十一回「渦の中の弥生」(1973/12/11放送)、第十二回「売ったるで!」(1973/12/18放送)、第十三回「走れ!コッテ牛」(1973/12/25放送)、第十四回「人を使う方法」(1974/01/01放送)、第十五回「虫けらの意地」(1974/01/08放送)、第十六回「毒には毒を!」(1974/01/15放送)、第十七回「竹田敗れたり!」(1974/01/22放送)、第十八回「目を開け!モーやん」(1974/01/29放送)、第十九回「恋ごころ」(1974/02/05放送)、第二十回「嬢さんさいなら(誤り…嫁さんさいなら)」(1974/02/12放送)、第二十一回「男が先か女が先か」(1974/02/19放送)、第二十二回「恋と親友」(1974/02/26放送)、第二十三回「東京進出」(1974/03/05放送)、第二十四回「二つの再会」(1974/03/12放送)、第二十五回「陸軍が味方だ!」(1974/03/19放送)、第二十六回「独立戦争」(1974/03/26放送)、第二十七回「旦那の作戦」(1974/04/02放送)、第二十八回「のるかそるか」(1974/04/09放送)、第二十九回「敵か味方か」(1974/04/16放送)、第三十回「どてらい店発進!!(誤り…どてらい店発進!)」(1974/04/23放送)、第三十一回「妨害」(1974/04/30放送)、第三十二回「商人の道」(1974/05/07放送)、第三十三回「お目見得泥棒」(1974/05/14放送)、第三十四回「赤紙きたる」(1974/05/21放送)、第三十五回「嫁というほうび」(1974/05/28放送)、第三十六回「すれちがい」(1974/06/04放送)、第三十七回「かえらぬ花婿」(1974/06/11放送)、第三十八回「さらば立売堀」(1974/06/18放送)、第三十九回「まぼろしの花嫁」(1974/06/25放送)、第四十回「出征前夜」(1974/07/02放送)。タイトルバックは第十四回、第二十七回でそれぞれ新しいものに変更された。【データ協力:大津市立図書館花登筐記念文庫】
キー局 KTV 放送曜日 放送期間 1973/10/02~1975/03/25
放送時間 22:00-22:55 放送回数 77 回 連続/単発 連続
番組名 開局十五周年記念番組
主な出演 西郷 輝彦(1)-(40)、田村  亮(1)-(38)(40)、沢本 忠雄澤本 忠雄)(1)-(38)(40)、本郷功次郎(1)-(4)(8)(11)(12)(17)(26)(35)、由美かおる(1)-(3)(5)-(14)(17)(19)(20)(38)((38)は回想)、大村  崑(1)-(23)(28)(29)、谷  幹一(1)-(18)(21)-(23)(30)-(34)(36)-(38)、中村メイコ中村メイ子)(1)-(14)(17)(38)((38)は回想)、亀井 光代(1)-(14)(17)(26)(33)-(40)、高田 次郎(クレジット表示では「高」は「はしご高」)(1)-(17)(30)-(38)(40)、天野 新士(1)-(17)、笑福亭仁鶴(1)、西川きよし(1)、三浦 策郎(1)-(4)(34)-(40)、柴田 昭彦(1)-(14)、森  明子(1)-(14)(17)(21)-(23)(26)-(29)(31)、丸山みどり(1)-(14)(17)(21)-(23)(26)-(29)(31)(33)(35)(36)、加賀爪芳和(1)-(4)(8)(33)、岡本  健(1)-(3)(8)、鳴尾よね子(1)、はなとまめ坂本 小吉)(1)-(3)(5)-(14)(30)-(34)(36)-(38)、芦沢 次男(2)(3)(5)(6)(9)-(11)(15)(17)-(22)(26)((11)は、芹沢 次男と誤表記)、石関  隆(2)(3)(5)(6)(9)-(11)、西  真琴(2)(3)(5)(6)(9)(10)(15)(17)-(22)(26)((3)はクレジット表示なし)、正司 照江(2)-(4)(18)(33)-(40)、酒井 靖乃和泉 ちぬ)(2)-(4)、原  一平(3)(9)(10)(15)(17)-(22)(26)-(30)(36)、岸部シロー岸部 四郎)(6)-(8)(10)(30)(37)、長谷川稀世(6)-(9)(18)、扇  千景(6)-(9)、夢路いとし(2)、和気 成一(2)、宮村 武子(2)、新海 なつ(2)(35)、国田 栄弥(7)、樋口 史和(7)、町田 末子(7)(22)、小笠原町子(7)(8)(36)、元長  摂(7)、宇佐美千絵(7)、佃  和美(7)、立花  幸(7)、柴田 和子(7)、山村 弘三(8)、高木 康裕(クレジット表示では「高」は「はしご高」)(9)(10)(15)(17)-(22)(26)((9)は「高木 康夫」、(20)-(22)(26)は「高木 康祐」と表記)、下之内道夫(9)(10)、小林 勝彦(10)(11)、日高  久(10)-(12)(40)((40)のみクレジット表示では「高」は「はしご高」)、原  哲男(10)、伝法三千雄(10)(25)(30)(32)(33)(38)、竹中 延行(10)(11)、中本 雅平(10)、福田 善晴(10)、奈千 宮子(11)(12)(36)、河井 多美(11)(12)、笑福亭松鶴6代目)(竹内日出男笑福亭松之助初代)、笑福亭光鶴4代目)、笑福亭枝鶴4代目))(12)(13)(15)(18)(19)(23)(24)(26)-(32)(37)(38)、前田  吟(12)、西山 辰夫(12)(13)(19)((12)は、西山 辰雄、と表記)、堀内 一市(12)(13)(19)(31)(37)(38)、北見 唯一(12)(22)、端田 宏三(12)(13)、表  淳夫(12)(13)、関  真吾(12)(19)(27)、伴  有司(12)(15)(16)、大川きよし(12)、圓屋純一郎(12)、宇野 繁次(12)、橋本 尚友(12)、野上 哲也(12)(15)-(19)、比嘉 辰也(12)、三島ゆり子(13)、佐名手ひさ子(13)(33)(34)(36)(38)-(40)、上田 恵子(13)、海老江 寛(13)、田中 弘史(13)(30)(33)(38)、中田 光彦(13)、時  美沙(13)、山口 京子(13)、朝比奈潔子(13)(15)、北野  瞳(13)(15)(23)(26)、朋   良(13)、星 由里子(14)-(16)、内田 朝雄(14)、松岡与志雄(14)(16)、双葉 弘子(14)、山本  稔(14)、石川阿弥子(14)(16)、遠山 二郎(14)(32)、三木  豊津山 栄一)(14)(16)、原  保美(16)、須永 克彦(16)(36)、弘世 東作御園セブン香島セブン矢代セブンヤシロセブン)(16)、太田 優子(16)、松本 徳二(16)、山口 幸生(16)(33)(37)、家野 繁次(16)、吉田  滋(クレジット表示では「吉」の「士」は「土」)(16)、松村 圭造(16)(18)、平  参平(17)、阿木 五郎(17)、新藤 恵美(18)-(25)、山口 朱美(18)、宇口 得治(18)(27)-(29)、下元 年世(19)(25)、小林  泉(19)(20)(37)、梅井 茂子(19)(26)、亀井 賢二(19)、ポール・ファスト(19)、中本 哲夫(19)、加賀ちかこ(20)(25)、谷 しげる谷   茂)(20)、深江 喜章深江 章喜)(21)、赤井タンク(21)、蔵多 哲男蔵多 哲雄)(21)、岡田由起子(22)(23)、坂本 和子(22)、佐野久美子(22)、宮本まり子(22)、小西 由貴(22)、三遊亭円右3代目)(橘 小圓左古今亭壽輔三遊亭圓右3代目))(23)(24)、桂  伸治2代目)(23)(24)、桂  高丸(クレジット表示では「高」は「はしご高」)(日高はじめ)(23)(24)、大野しげひさ(23)(24)、小島 三児(23)、太宰 久雄(23)(24)、小鹿  敦(23)(36)((36)は、小鹿  番、と表記)、高桐  真(クレジット表示では「高」は「はしご高」)(23)、三角 八重(23)(25)(26)、原 聖四郎(23)、野崎 善彦(23)(35)((23)のみクレジット表示では「崎」は「たつさき立崎)」)、寺下  保(23)、泉  裕介(23)(36)、立原  博(24)、永井 秀明(24)(36)、佐々山洋一(24)(32)(37)、青柳三枝子(24)、桜田千枝子(24)(32)、木内みどり(24)(39)(40)、中村鴈治郎2代目)(中村 扇雀初代)、中村 翫雀4代目))(25)(26)、久富 惟晴(25)(26)、沢村宗之助(25)、吉田 義男(25)、梅津  栄(25)、酒井  哲(25)、神長 昭之(25)(26)、柳原久仁夫(25)、山田 禅二(26)、永野 辰雄(26)、土方  弘(26)、入江 若葉(27)-(29)、瀬川菊之丞(27)(29)、初音 礼子(27)(29)(30)、森  秀人(27)(33)(38)、山本 一郎(27)(28)、篠原 一郎(27)(28)、池田 俊明(27)-(29)、伴  大吾(28)、脇田日路志(28)(36)(38)、坂本  香(28)、井上 博嗣(29)、村井 宣三(29)、花沢 徳衛(30)、弓  恵子(30)、木村  進博多小淡海博多 淡海3代目)(30)-(34)(36)-(38)、森  啓二喜多 洋司)(30)-(34)(36)-(38)、楠  年明(30)、千村 克子(30)(40)、伊藤 保夫(30)(36)、柳川 昌和(30)、池 はじめ(30)、安芸ひとし(30)、西山 嘉孝(31)、島  米八(31)-(33)、吉井 裕海(31)(40)((40)のみクレジット表示では「吉」の「士」は「土」)、藤沢  薫(31)、川口  喬(31)(32)、国原 美秋(31)、土佐林道子(32)、田畑 実行(32)(40)、千葉  保(32)(37)、梓  英子(33)-(40)、多々良 純(33)-(40)、根岸 明美(33)-(40)、御木本伸介(33)、臼間 香世(33)(34)(36)-(38)((36)のみ臼門 香世と誤表記)、常泉 忠延(33)-(40)((35)は、常泉 忠俊、と表記)、玉山由利子(33)、岩田 克彦(33)、田淵 岩夫田渕 岩夫)(34)(35)、華  ばらフラワーショウ)(34)、間  寛平間  寬平)(34)、瑞田 宏三(34)、山本 麟一(35)、溝田  繁(35)、亀石征一郎(35)、田中 直行(35)、古川ロック古川 緑九)(35)、柳川  清(35)、小桜 京子(36)、藤川 有里(36)(38)(39)、吉本真由美吉本真由み)(36)、江里佐代美(36)(39)((36)は江里佐世美、と表記)、飯田 覚三(36)、永野 達雄(36)、西  康一(36)(40)、三田 一枝(36)、町田 米子(36)、奥井 洋子(36)、森下 鉄朗(36)、藤村 有弘(37)、林家 小染4代目)(37)、中村翫右衛門3代目)(中村梅之助3代目))(38)-(40)、角 梨枝子(38)(39)、吉本由利子(39)、有島 一郎(40)、志摩 靖彦(40)、道井恵美子(40)、なべおさみ森次 晃嗣森次 浩司)、田崎  潤柴  俊夫海原 千里上沼恵美子)、海原 万里入川 保則高品  格工藤賢太郎汐路  章潮路  章)、尾藤イサオ中尾  彬茶川 一朗茶川 一郎)、芦屋 小雁石井  均徳永れい子徳永 礼子)、梢 ひとみハナ  肇藤岡 重慶早瀬 久美工藤堅太郎柳生  博中村雁治郎、(協力:劇団喜劇(1)(3)(7)-(40)、アクタープロ(1)(3)(7)-(40)、創芸プロ(1)(3)(7)-(40)、アカデミー児童劇団(3)(7)-(40)、的場剣友会(3)(7)-(40)、関西芸術座(23)-(40)、)(語り手:石浜祐次郎石浜裕次郎)(1)、酒井  哲(27)(30)、)
主な脚本 花登  筐花登  筺)(原作も)
主なプロデューサ 野添 泰男、(写真:テレビフォート(クレジット表示なし))
主な演出 内海 佑治内海 祐治…誤り)(1)-(11)、山像 信夫逢坂  勉)(1)(12)-(28)(33)-(38)((1)はクレジット表示なし)、高島 信行(クレジット表示では「高」は「はしご高」)(23)、栢原  幹柏原  幹)(29)-(32)(39)(40)(74/07/30)、酒井 長生
原作 花登  筐花登  筺)(脚本も)
局系列 FNN
制作会社 (制作著作:KTV)
制作 (進行:岡本  猛(クレジット表示なし)、平井 弘治(クレジット表示なし))
企画 (番宣取材担当:赤間 慎一(クレジット表示なし))
音楽 神津 善行、(効果:池田 弘幸)(演奏:楽譜工房(クレジット表示なし))
主題歌 西郷 輝彦「どてらい男」(作詞:花登  筺花登  筐)、作曲:神津 善行、編曲:佐々永 治(クレジット表示なし))(クラウンレコード((28)以降は「クラウン・レコード中点あり」と表記))
撮影技術 (技術:今西 金幸(1)-(13)(29)-(32)(39)(40)、小森 和寛(14)-(28)(33)-(38))(中継技術:岡 耕太郎(1)(3)(7)(8))(カメラ:小森 和寛(1)-(13)、清水 久雄(14)-(26)、小林 康郎(27)-(40))(映像:荒田 静彦(1)-(26)、関山 正治(27)-(40))(VTR:石井 柾男(27)-(40))(照明:藤巻  弘(1)(3)(7)-(26)、西林 武夫(1)(3)、畑瀬 一身(7)-(13)、萩原 浩一(14)-(26)、清水 秀雄(27)-(40)、竹田 幸雄(27)-(40)、木戸口武司高松 敏雄宮田 房和小川 実雄)(音声:京極 博顕(1)(3)(7)-(14)(26)-(40)、小谷口 詳小谷口 祥)(15)-(25)、坂田 常夫)(フィルム撮影:平岡 泰博(27)-(40)、増田 茂行)(BCBカメ):片山  勝(クレジット表示なし))(CCCカメ):小玉 秀人(クレジット表示なし))(DCDカメ):小林 康郎(クレジット表示なし))
HP
美術 栗崎 元成、(美術進行:岡本  猛)(装飾:石原 宗治(1)(3)(7)-(26)、森井  昭(27)-(40))(衣裳:中島 竹子(1)(3)(7)-(40)、京都衣裳)(メイク:S・Iメイク((17)-(40)は「SIメイク」と表記))(タイトル:氷見 隆義(1)(3)(8)(9)(11)-(40)、タイトルエイト)(床山:田中かつら(クレジット表示なし))(大道具:美装山城(クレジット表示なし))(小道具:京阪商会(クレジット表示なし))(造園:山藤園(クレジット表示なし))

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