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ドラマ 詳細データ広島地方の民話によるテレビファンタジー「夢女」(「夢女」にルビ「ゆめおんな」が付く)

芸術祭参加作品。「RCC(ラジオ中国)が初めて芸術祭に参加し製作したミュージカル。広島と島根の県境付近に古くから伝わる民話を素材に、作者、音楽、演出、出演者すべてが地元の出身者というローカル色の強い作品。昔、ある山深い村での話。お花は継母お作と連れ子の妹お石と三人で暮らしていたが、なくなった母の形見のクシを大切にしているために、お作とお石からいじめぬかれていた。【この項、読売新聞1962/11/26付より引用】」当時、制作部長だった新井俊一郎氏が著書で記している。「RCC初の芸術祭参加番組として、脚本・音楽から出演者まで、すべてを地元の人間だけで造り上げようという、意欲だけは極めて壮大だが成功の確率は極めて僅少…という無茶な冒険に挑戦したのは、テレビ開局から3年目で、テレビスタジオが完成しVTRが設置されてから僅か1年後という、1962年11月のことでした。このとき私たちは同年7月に、例の「テレビホール」枠を設置して貰い、初めてテレビドラマを作ろうという夢を実現させ、ようやく3本のテレビドラマを仕上げて放送したばかりでした。それなのに同年11月には、早くも芸術祭に挑戦、と決まったのです。だから私は、夢の実現だから誠に有難いことだが、さて現実として実力は無いし経験も少ないし、テレビドラマ造りのノウハウ、と言っても私がKRTラジオ東京への事前研修で現場を踏んで身に付けただけ、という心細さです。いったい何をどうやれば良いのか暗中模索…という思いでいた最中でした。なのに不思議なことに、現場を預かる私の知らぬまま、いつの間にか第17回芸術祭への参加が決まっており、まるで業務命令みたいな形で上司から番組の制作が指示されて来たのです。思えば奇妙な出来事です。初の芸術祭参加という晴れ舞台を与えれば、制作現場の連中は喜んでテレビドラマ造りに熱中するだろう、との会社上層部の読みだったのでしょうか。それとも出先の東京支社が先走ってキー局を口説き落としたのでしょうか不明です。実はルールとして、地方局が芸術祭に参加するとなれば、地方で放送しただけではダメなのです。キー局に頼み込んで東京地区で放送して貰わねば、芸術祭の審査員が番組を見て審査することが出来ないはずだからです。ただ私としては同じ素材で、作品のすべてを縮景園という広島市内の名園でのオール現地ロケでテレビファンタジーと銘打ったテレビドラマ「夢女」を作りたい、という夢は持っていました。しかしそれは、現地の管理事務所から丁重に断られてしまった、曰くつきの持ちネタだったことは事実です。放送台本まで完成しておりました。これだってまた、実は大冒険でした。全編VTR収録を考えていましたが、今みたいに簡単にVTR編集なんて不可能に近い時代。だからまるで全編を生放送みたいな方法でドラマを現場で作ってしまわねばならない、という奇想天外な危険がイッパイの大冒険を考えていたのです。でも結論的には、縮景園の管理当局から丁重に断られてオシャカになっていた企画でした。だからこそ私としては、猛烈に有難いものの、同時にまた、猛烈に困惑してしまった業務命令でありました。正直なところ、手を付けたばかりのテレビドラマ造り最高のチャンスでありながら、手を付けたばかりだったが故に、その物凄い怖さも分かって来ていたところだったからです。その芸術祭への出品予定作品は、テレビファンタジー「夢女」でした。世間にはテレビ・ミュージカルだと宣伝されて居ましたが、違います。物語の素材は、昔から地元の農村地域に伝わる素朴な民話です。実は数年前、私の演出でラジオファンタジーとして完成させ、民放祭番組コンクールに出品し、奨励賞的な優秀賞を得ていたものを、改めてテレビ用にリメイクした作品なのです。「それは、ずーっと、えーっと昔のお話です。ある国のとある村に、お花ちゃんという不幸せな女の子が住んでいました。継母から意地悪されたお花ちゃんは、いつもの丘に登り、いつものように枯れ木の根元で泣き寝入りして、いつものように夢を見ました。だーれにも言われん、ステキな夢を見たのです。そして歌うのです。「夢を見た見た 夢を見た だーれにも言われん 夢を見た」そうして始まる民話劇風の「夢女」は、夢の話を聞き出したい村人や天狗たちを前に、ステキで楽しい夢の話を自分一人だけ抱き締めて、お花ちゃんは絶対、だーれにも、話しませんでした。」【この項、書籍「新井俊一郎オーラル・ヒストリー ヒロシマで被爆全滅を免れた中学校1年生だった私は当日入市被爆者です」(2022年3月30日発行、著者:新井俊一郎、広島大学文書館・75年史編纂室発行)より引用】」【異説】会報「民放クラブ」第149号では1962/11/17放送と記載されている。【役名(演技者)】お花(坂元真琴)、お石(田賀小夜子)、お作(野中悦子)、天狗(岩崎徹)、長者(上田修)、息子(栗栖忠士)、行者(竹田淳)、じいさん(富士波雄三)、じいさんの声(室積薫)、ばあさん(富士波一調)、ばあさんの声(加藤操子)、里人A(室積薫)、里人B(延藤伊千雄)、子供たち(ラジオ中国児童劇団)。【参考資料:「私の放送人生」新井俊一郎氏(会報「民放クラブ」第149号(2023/04/01発行)掲載)】
キー局 RCC 放送曜日 放送期間 1962/11/26~1962/11/26
放送時間 16:00-17:00 放送回数 1 回 連続/単発 単発
主な出演 坂元 真琴坂本 真琴)(劇団NHK)、田賀小夜子野中 悦子劇団NHK)、岩崎  徹上田  修栗栖 忠士竹田  淳富士波雄三室積  薫富士波一調加藤 操子室積  薫延藤伊千雄ラジオ中国児童劇団富士波雄三社中、(振り付け:富士波雄三
主な脚本 (作:多地 映一
主な演出 新井俊一郎
局系列 JNN
制作会社 ラジオ中国(RCC)
制作 新井俊一郎、(進行:上床 直人)
音楽 山崎  登、(効果:RCC放送効果団)(演奏:ラジオ中国サロンオーケストラ)(合唱:ラジオ中国放送合唱団
撮影技術 (照明:篠本  豊)(技術:撮像課)(VTR:運用課
美術 (装置:延藤 ?蔵)(化粧:植木 早苗

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