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ドラマ 詳細データ窓からコンニチワ(窓からコンチワ)

上野駅までバスで10分という「坂の下町」と、そこに住む人びとの物語。大橋巨泉のドラマ初出演作だという。主演の大橋巨泉は後年、記している。「なんの芸もないボクが、三十年にわたって芸能界に君臨?できたのは仕事の数を制限したからだと考えているが、デビュー1年の67年ごろはまだ「なんでもやってみよう」という時代であった。もちろんマネジャーの近藤利廣がもってきた仕事はなんでもやるというのではないが、企画を見て面白そうならOKを出した。TBSから話が来たときは、否も応もなかった。これで全国の顔になれます、と近藤は言った。もちろんNHKでレギュラーをやれば全国ネット間違いないのだが、あそこは司会者は原則としてアナウンサーであるし、ゲストとして出るにも、麻雀やゴルフの番組はなかった。このころの窓口はやはりギョロナベこと渡辺正文で、なんとドラマの話であった。三浦啓次さんという喜劇の得意なディレクターで、前から制作局で顔見知りだった。「三浦ちゃんならシャレが解るから」というナベの言葉を信じて引きうけた。ドラマのタイトルは『窓からコンチワ』といって、いわゆるシチュエーション・コメディー(現在はシトコムといわれる)であるが、なぜかここに第二回目の台本が残っている。それによると脚本はなんと松山善三さんではないか。ボクはお蛙寺という寺の長男の役で、父の住職は田武謙三さん、近所のレギュラーに、江戸家猫八、林家こん平、武智豊子、左とん平、三遊亭歌奴(現圓歌)、園佳也子さんらの芸達者がそろっていた。土曜日の七時半という時間帯を考えて、人気の子役、沢田雅美ちゃんと蔵忠芳君もレギュラーで、マドンナ役は宗方奈美さんという美人女優であった。毎週ゲストに大物が出るのだが、一番の思い出は三木のり平さん(銭湯の主人で準レギュラーだった)との共演であった。のり平さんは高校の先輩でボクの尊敬する業界人の一人である。あるとき往年の日活スター白木マリさんが離婚後の再起のゲスト出演をしたが、ほとんどのり平さんとボクとのからみであった。のり平さんはセットのどこかにセリフを書きつけておくので有名だったが、ボクはその風呂桶を隠してしまった。これがきっかけで二人はえんえんとアドリブ大会に入ってしまった。カメラマンさえ必死に笑いをこらえるほど面白かったが、気の毒なのは白木さんで呆然と立ち往生する始末。たまりかねた三浦ちゃんがブザーを鳴らしカット。ブースから声あり「たいへん面白いのですが、御両所、3分のシーンが15分になってます。この分ではドラマが終わりませんので、残念ながらカットさせていただきます」。原則としてアドリブを認めてくれた三浦さんのおかげで、たいへん楽しい経験であったが、ボクは基本的にドラマの人間ではなかった。【この項、文:大橋巨泉氏(大橋巨泉著「ゲバゲバ人生」(2016/07/20、講談社α文庫刊)より引用)】」提供:ハウス食品工業。【参考資料:書籍「ゲバゲバ人生」(大橋巨泉著、2016/07/20、講談社α文庫刊)、書籍「劇団ひまわり30周年史」(1981/09/22発行、発行所:株式会社劇団ひまわり)】

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