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ドラマ 詳細データヒロシマを遺した男~原爆資料館誕生秘話~

厳密には本作はテレビドラマではなく、一部に再現ドラマが挿入されたテレビドキュメンタリーであるが、ドラマ的要素もあるため便宜的に当データベースに収録している。「広島市の原爆資料館(広島平和記念資料館)。ヒロシマの被爆の実相を伝える施設として国の内外に知られ、年間140万人もの人が訪れる世界でも数少ない「負の遺産」を展示する資料館である。しかし、この資料館がある一人の学者の信念によって生み出されたことを、今となっては知る人はほとんどいない。1945年。当時、広島文理科大学(現・広島大学)で地質鉱物学を指導していた長岡省吾さん。原爆投下の翌日に市内に入り、護国神社で腰かけた石灯ろうの表面に、異常な高熱によって、尖った無数の“トゲ”ができていることに驚く。石の専門家である彼は「特殊な爆弾だ」と直感し、毎日廃墟となった広島の町に通いつめ、焼けただれた石や瓦、ビンなどをひたすら集めるようになった。やがて終戦後国が立ち上げた被爆調査団の地質学5人のメンバーに長岡さんも選ばれ、広島だけでなく、長崎でも調査を行うようになり、個人的に拾い集めた石や瓦はいつの間にか膨大な量になっていた。1949年、広島市は中央公民館に「原爆参考資料陳列室」を開設、長岡さんの収集品の展示をはじめた。しかし、焼け跡に多くのガレキがまだ残る時代、集めた「被爆資料」は人々の関心を呼ぶものではなかった。だが、長岡さんはねばり強く「あの一瞬に何が起きたのか」を、訪れた人に訴え続けた。1955年8月、ついに原爆資料館が誕生。長岡さんは初代の館長に就任。館長としての長岡さんは、全国の学校へ修学旅行に来てもらうよう働きかけたり、多くの人に原爆の恐ろしさを伝えるべく取り組んでいた。しかし、世界は、核の時代へ…原爆資料館で「原子力平和利用博覧会」が開かれることになり、原爆資料は小さな公民館へ移され…。今では、初代資料館長・長岡省吾についての資料はほとんど残っていない。番組では、わずかな手がかりをもとに国内外に当時を知る人々を訪ね、 原爆資料館を作った男の軌跡を追った。 彼が命をかけて伝えようとしたものは―。【この項、テレビ新広島広報資料より引用】」データ欄記載の放送日時は地元、テレビ新広島でのもの。関東地区では、フジテレビにて2014/08/13、26:30~27:25に放送された。関西地区では関西テレビにて2014/08/10、日曜26:33~27:27に放送された。資料提供:広島平和記念資料館、広島市公文書館、広島大学文書館、広島市立中央図書館、中国新聞社、正力・小林記念館、東京大学総合研究博物館、長崎原爆資料館、長崎平和推進協会写真資料調査部会、福島志津子、荒田誠之助、米軍、林  重男、佐々木雄一郎、塩浦 雄悟、木村 権一、岸田 貢宜、岸田 哲平、神谷 一雄、玉田吉之助、佐々木智佐子、小川紗賀己、吉村 吉助。撮影協力:秋田大学鉱業博物館、広島フィルム・コミッション、シャンティ・ヨガ、西本 義次。
キー局 TSS 放送曜日 放送期間 2014/08/06~2014/08/06
放送時間 14:00-14:55 放送回数 1 回 連続/単発 単発
番組名 TSS報道特別番組
主な出演 (再現ドラマ:中井 敏哉)(ナレーター:高橋 克実
主な脚本 (構成:岩井田洋光
主なプロデューサ 大藤  潔、(広報:富永 利香
主な演出 (再現ドラマ演出:関口 寛之麻倉 良一)(ディレクター:前田 典郎
局系列 FNN
制作会社 (制作著作:TSS(テレビ新広島))
制作協力 tssプロダクション
音楽 (MA:講崎 友蔵(クレジット表示では「崎」の「大」は「立」))
撮影技術 渡辺 椋介、(編集:山本  龍)(EED:柳谷 基司)(VE:西崎 純一)(音声:宝田 昌信
HP
美術 (題字:那須 恭子

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