「だいぶ前になる、TVドラマの『あひる』ってのを、見た記憶がある。確かNTVで、せんぼん・よしこ演出の「愛の劇場」だったと思うが、まちがってたらゴメンナサイ。ともかく、佐藤慶が主人公に扮していた。うす汚いアパートに住んでおって、陰気なろくに口もきかない青年だもんだから、だァれも相手にしない。馬鹿にされておる。孤独なのである。おまけに近隣の女房どものパンティなどがなくなるってえと、あらぬ疑いをかけられるってなりゆきだ。青年は、一羽のアヒルを飼っている。この鳥ってものが、ご主人同様ショボクレておって、愛矯のないことおびただしい。何しろ鳥のぶんざいで、ウワメづかいに人を見るんである。ギャアギャアわめきたてる、うるさい。そこでアパートの連中、青年にアヒルの処分を要求するんだが、そのとき慶ちゃん、必死の形相で「ノー」というんである。チカンと疑われても、抗議すらできん男が、アヒルのことになるてえと、いかなる弾圧にも屈服しない反抗の姿勢を示すんだ。おりゃ泣き虫だから、このテレビドラマを見て、ぼうだと涙を流しちまった。だれしも、心ン中に一匹のアヒルを飼っとるんである。他人様には価値なきものであってもだ。侵害されることを拒むべきエメバス（何ものか）を、人間は所有しとるんだ。【以上、竹中労・著「芸能人別帳」（ちくま文庫刊）より引用】」