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ドラマ 詳細データ年末大型時代劇 主演 十八代目中村勘三郎 河井継之助 駆け抜けた蒼龍(新聞ラテ欄表記…十八代目・中村勘三郎大型時代劇 河井継之助 ~駆け抜けた蒼龍 激動の幕末、北国にいたもう一人の坂本竜馬)

『明治』が16年後に迫った嘉永5年(1852年)、越後長岡藩の勘定方を務める河井代右衛門(北村和夫)の嫡男・26歳の継之助(中村勘三郎)は、江戸の私塾・久敬舎で勉学に励みながら、迫り来る欧米列強の動きを注視していた。近年、日本各地の港では、イギリス、フランス、ロシア、アメリカなどが開港を迫り、日増しに緊迫感が増していた。翌年、幕府海防掛に任命された藩主・牧野忠雅(神山 繁)は、広く藩内の意見を汲み上げようと藩士らに建議書の提出を指示。ただ一人その内容が評価された継之助は、部屋住みながら評定方隋役に任ぜられた。長岡に戻った継之助は、妻・すが(稲森いずみ)にこれからの自分の生き方についての了解を取りながら、親戚の小林虎三郎(佐野史郎)、親友の川島億次郎(吹越満)、山本帯刀(田中実)らと論戦を繰り返していた。無条件での開国を主張する虎三郎に対し、継之助は、清国がアヘン絡みで侵略された例を挙げ、開国の前にまず富国強兵をすべきだ、と言い切る。だが、改革推進の急先鋒の継之助を藩の重鎮たちは快く思わなかった。まもなく、藩内の門閥を批判する弾劾文を忠雅に直接送り届けたことなどから、継之助は処罰される。だが、若い藩士たちからは、権威を恐れぬ豪気な男として評判になった。忠雅の養子・忠恭(坂東三津五郎)が新たな藩主となった安政5年(1858年)。外様吟味役として国元で辣腕を振るった継之助は、その年の暮れ再び江戸遊学を許され、翌年、陽明学者で財政の達人として知られる山田方谷(石橋蓮司)に学ぶため、備中松山に出発。この旅で長崎にも足を伸ばした継之助は、信州松代藩士・稲葉隼人(伊藤英明)、土佐郷士・坂本竜馬(唐沢寿明)ほか多くの志士たちと議論を戦わせて江戸に戻った。江戸城桜田門外で大老・井伊直弼が暗殺された4年後、さらに出世した継之助は、忠恭が外国事務管掌役を兼任する幕府の老中になったと知り、直ちに辞職するよう上申した。この役を受ければ、海外から武器などを購入し急速に力を付けつつある薩摩・長州らと幕府との紛争に巻き込まれるのは必至。小藩・越後長岡藩が幕府と共倒れすることを何としても防ぎたい継之助は、徳川家譜代という立場を捨てるべきだと考えていたのだ。元治元年(1864年)、蛤御門の変、四国連合艦隊の下関砲撃などの大事件が続発する中、幕府は再度の長州征伐を計画し、長岡藩にも出兵を命令。継之助の思惑とは逆に、長岡藩は、500の兵を大阪に送るはめになった。戦局は、坂本竜馬が仲介して成立した薩長同盟が奏効して、幕府軍は大敗。幕府の権威が決定的に失墜したことで、討幕運動は勢いを増した。慶応3年(1867年)、幕府が大政を朝廷に奉還する中、家老になった継之助は、新たな藩主・牧野忠訓の元、藩政と兵制の改革を進めていた。旧幕府や会津藩、桑名藩、松山藩などは、京都に攻め入り、薩長を駆逐すべしと主張。しかし、戊辰の年(慶応4年=明治元年・1868年)に始まった鳥羽伏見の戦いで大勝した新政府軍は、徳川慶喜ら旧幕府軍が大阪城を撤退したことから、錦の御旗を掲げ、江戸へ向けて進軍を開始した。旧幕府勢力が次々と寝返るのを見た継之助は、長岡藩を永世中立を国是とするスイスのような国にしようと決意した。そして、藩の兵が西に向かうのを阻止し、江戸藩邸の総引き上げを決めた継之助は、当時、日本に3門しかなかった新兵器・ガトリング砲を2門購入し、長岡に戻って藩の守りを固めた。だが、継之助の武装中立の方針に対し、虎三郎は、藩の生き残りのためには新政府軍に従うべきだと反論した。長岡藩と旧幕府の強硬派・会津藩とは、長く深い交わりがあり、今の状況だと、藩を生き延びさせることは困難なのだ。だが、継之助は、3万両の献金と500人の出兵という新政府側からの要求を拒否。あくまで長岡藩を独立させようと考えた。この年の4月、江戸を制圧した新政府軍は、会津などを中心とする奥州北越諸藩への討伐を開始。長岡藩は、北陸側と信州側から新政府軍に迫られた。藩内では、会津と共に戦うべしとする強硬派と、新政府への恭順を求める勢力が対立し、板挟みとなった継之助は苦悩した。まもなく、藩内で思わぬ事態が起きた。なんと会津藩が、長岡藩内にある自藩の飛び地に進駐。その会津軍が、4月26日、小千谷の南にある雪峠で新政府軍と戦火を交えたのだ。継之助は、新政府側と交渉するが決裂。やがて、長岡の町は戦場と化し、家々は戦火に見舞われた。長岡城の争奪戦の中、負傷し、壮大な夢を打ち砕かれた継之助は、やがて、只見の山中でその42年の生涯を閉じた。【以上、日本テレビ広報資料に一部出演者名を補足。補足・練馬大根役者】「スイスのような平和な中立国家を目指して奮闘した改革者なのか、それとも戦局を見誤り町や民衆を戦火にさらした失政の張本人か…。幕末期を生きた越後長岡藩の上席家老・河井継之助に対する評価は、現在でも分かれている。この物語は、日本が近代国家へと生まれ変わる動乱期に、輝かしい理想を抱きながら42年の人生を駆け抜けた河井継之助の怒涛の半生を描いた作品。開国を求める欧米列強の圧力、討幕運動などの未曾有の混乱が続く幕末期、藩政を任された継之助が選んだ方針は、永世中立を国是とする欧州の小国・スイスの生き方であった。越後の小藩・長岡藩は徳川家の譜代であったが、薩長を中核とする新政府軍の江戸進軍が始まるや、江戸藩邸の総引き上げを決定。その際、当時日本に3門しかなかった新兵器のガトリング砲を2門購入し、藩の守りを固めた。だが、錦の御旗を掲げた新政府軍に寝返る藩が続出し、その勢力は予想を越える強大なものになった。さらに長岡藩が、それまで幕府側の強硬派・会津藩と親密な関係にあったことから、継之助の理想は揺らぎ始めた。藩内は、新政府への恭順を要求する勢力と、会津ら友藩と連合して戦うべしとする強硬派に分裂し、板挟みになった継之助は、苦境に立たされるのだった。果たして、新政府軍に包囲された継之助はどのような方策をとることになったのか、そして、継之助の最期とは…。【この項、日本テレビ広報資料より引用】」「幕末の戦火のなか、幕府側と新政府軍の間で、長岡藩をスイスのような中立国として存続させることを目指した家老の河井継之助(中村勘三郎)のドラマ。冒頭、継之助の墓が壊されるシーンが印象的だ。場面は継之助が26歳の時に戻り、ドラマは始まる。江戸で勉強中に出した建議書が藩主の目にとまり、藩政の中枢へ。当時、日本に3門というガトリング砲2門を備え、新政府の献金の要求などを断り、武装中立を図る。が、新政府軍の岩村精一郎(中村獅童)に交渉を拒否され、北越戊辰戦争に突入していく。俸禄に身分の差をつけず、「民は国の本 吏は民の雇(やとい)」を唱えた継之助。だが辛酸をなめた地元では、継之助の判断に批判も少なくない。それが冒頭のシーンだ。継之助ファンの勘三郎が力の入った演技。勘太郎、七之助との親子共演も。出演者を平等に50音順に並べたロールエンドに継之助への思いがこもる。【この項、朝日新聞2005/12/27付「試写室」(文・三ツ木勝巳)より引用】」「出演者は、主要キャストとそれ以外のキャストに分けて五十音順でクレジットされた。【この項、文・練馬大根役者】」ロケ協力・京都大覚寺、御室仁和寺、随心院、亀山本坊本徳寺、京都真如堂、世界文化遺産姫路城、国宝彦根城、くろ谷金戒光明寺、八幡堀を守る会。協力・新潟県長岡市、長岡観光コンベンション協会、福島県只見町、河井継之助記念館、星   貴、阪之上小学校・伝統館、亀川純一、長岡市立中央図書館、慈眼寺、姫路フィルムコミッション、長岡青年会議所、滋賀ロケーションオフィス、岸本乗馬センター、エクラン演技集団、ヴァイスブラウレジデンツ秋葉原武器屋、ハウステンボス、長崎歴史文化博物館、下関市立長府博物館、浅井コレクション。歴史考証・稲川 明雄。洋式兵学・淺川 道夫。法螺貝指導・梅本 信夫。
キー局 NTV 放送曜日 放送期間 2005/12/27~2005/12/27
放送時間 21:00-23:24 放送回数 1 回 連続/単発 単発
番組名 DRAMA COMPLEX ドラマコンプレックス
主な出演 中村勘三郎唐沢 寿明稲森いずみ伊藤 英明京野ことみ中村 獅童佐野 史郎坂東三津五郎吹越  満田畑 智子渡辺えり子火野 正平北村 和夫中村 育二神山  繁中村七之助中村勘太郎2代目)(中村勘九郎6代目))、田中  実淡路 恵子松嶋 尚美吉田日出子荒川 良々石橋 蓮司串田 和美笹野 高史六平 直政中村源左衛門高知 東生高知 東急)、坂東弥十郎川辺 久造浜田  晃斎藤  歩中原 丈雄内田 健介梶浦 昭生もとのもくあ田島 俊弥ジョージ・エシャート谷口 高史伊庭  剛入江  毅下元 佳好平子 哲充山崎 博之山中 正樹松井 克之正木 優希水上 保広はりた照久池田 勝志西村 龍弥立川 貴博内藤 和也加藤 正記東田 達夫松村 康世窪田 弘和サリー大喜多大喜多勝義)、井上 将一福寿  淳藤田 哲也古長 英治松井 幸世森山  剛、(ナレーター・林  隆三)(長岡弁指導・海津 義孝酒井万里子)(土佐弁指導・みぞぶちけんじ
主な脚本 金子 成人
主なプロデューサ 佐生 哲雄松竹)、原  克子松竹)、金田 和樹(NTV)、田中 芳樹、(広報・神山喜久子)(プロデューサー補・橋本  茂)(スチール・北脇 克己
主な演出 (監督・松原 信吾)(監督補・酒井 信行)(助監督・田中 幹人前原 康貴)(歴史監修・稲川 明雄)(殺陣・宇仁 貫三二家本辰己)(舞踊振付・猿若加於理)(記録・野崎八重子
局系列 NNN
制作会社 (製作著作・松竹)(制作・NTV)
制作協力 (製作協力・松竹京都映画)
制作 (進行・溝口  豊)(製作主任・阿曽 芳則)(番組デスク・大下 由美)(演技事務・山緑 美春)
企画 (企画協力・ファーンウッド
音楽 川崎 真弘、(邦楽指導・中本  哲)(効果・藤原  誠
撮影技術 江原 祥二、(照明・林  利夫)(録音・中路 豊隆)(映像技術・大塚 康郎)(調音・上床 隆幸)(編集・園井 弘一)(VTR編集・関谷 憲治イマジカウェスト)(CGI制作・OMNIBUS JAPAN)(CGIプロデューサー・桑田 秀行
HP
美術 犬塚  進、(装飾・木下  保)(ガンエフェクト・羽鳥 博幸高見澤利光)(小道具・小田  忍高津商会)(衣裳・松竹衣裳)(結髪床山・八木かつら)(装置・新映美術工芸

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