• 水色
  • 緑
  • 紫
  • オレンジ
  • 赤
  • 小
  • 中
  • 大

ドラマ 詳細データテレビエッセー わが兄はホトトギス

第33回芸術祭優秀賞受賞作品。1978年日本民間放送連盟賞優秀賞受賞作品。子規と妹を描き、「テレビ・エッセー」と名付けられていた(鳥山拡著「日本テレビドラマ史」)。松山が生んだ俳聖・正岡子規を、妹・律の目を通して描く。制作局の南海放送の社史は本作制作当時を振り返っている。「『わが兄はホトトギス』は、俳句革新に短い一生を燃焼しつくした正岡子規の青春期とその終焉を、テレビドラマの表現形式で描いた作品である。テレビドラマ化の企画は、創立25周年記念番組制作のために、毎週火曜日の朝ひらかれていた報道制作局松崎茂和を中心とする勉強会で生まれた。脚本を依頼した早坂暁氏からは、上野根岸の子規庵を訪ねた俳優岸田森が、子規に感応して変身するところから物語がはじまるというユニークなシナリオが届いた。子規に岸田森、妹律に佐藤オリエ、母八重には夏川静枝、新聞「日本」を創刊し、病床の子規をあたたかく見守った陸羯南には観世栄夫などの配役がきまった。制作は報道制作局長松崎茂和、制作部長篠原修。演出にはシャープな映像感覚に定評があった制作部副部長の森巌を起用、資料収集に奔走した制作部の田中勝利が進行を担当した。東映東京撮影所に子規庵のセットを組み、東映の椎塚彰氏が16ミリカラーフィルムで撮影した。音楽は1973(昭和48)年に制作した合唱組曲『銅山』の作曲者、池辺晋一郎氏である。松山でのロケーションでは撮影、照明、録音などの作業にわが社の技術スタッフが参加し、ドラマ作りで多くのものを吸収した。テレビドラマ『わが兄ホトトギス』は、1978(昭和53)年6月18日午後3時から60分番組として放送され、地域の視聴者から大きな反響を呼んだ。この番組は民放連盟賞を受賞したほか、その秋の文化庁芸術祭にも出品し、わが社としては初めての芸術祭優秀賞を受けるという高い評価を得た。脚本の早坂暁(1928~)氏は北条市の出身である。(中略)それまで南海放送とのつながりはなかったが、多忙な仕事に追われる中で、南海放送のテレビドラマの制作に指導と助言を惜しまなかった。そのすぐれた脚本と熱意が、みんなの真剣な取り組みを生んだ。【この項、「夢にはじまる 南海放送五十年史」(2005/09、南海放送刊)より引用】」【役名(演技者)】正岡子規(岸田森)、妹・律(佐藤オリエ)、母・八重(夏川静枝)、高浜虚子(広瀬昌助)、河東碧梧桐(村松克己)、伊藤左千夫(草野大悟)、陸羯南(観世栄夫)。
キー局 RNB 放送曜日 放送期間 1978/06/18~1978/06/18
放送時間 15:00-16:00 放送回数 1 回 連続/単発 単発
番組名 南海放送開局25周年記念ドラマ
主な出演 岸田  森佐藤オリエ夏川 静枝広瀬 昌助村松 克己草野 大悟観世 栄夫
主な脚本 早坂  暁早坂  曉
主な演出 森   巌
局系列 NNN
制作会社 RNB(南海放送)
制作 松崎 茂和、篠原  修、(進行:田中 勝利)
音楽 池辺晋一郎
撮影技術 椎塚  彰(東映)

Tag Cloud

子規 岸田森 佐藤オリエ 南海放送 夏川静枝 早坂暁 妹・律 子規庵 陸羯南 正岡子規 制作部 観世栄夫 広瀬昌助 松山 脚本 制作 生む テレビドラマ 昭和 撮影 篠原修 松崎茂和 森巌 銅山 母・八重 技術スタッフ 創刊 RNB 創立 社史

リンクパーツ

直リンク用URL ヘルプ
引用パーツ ヘルプ


インフォメーション

クチコミ

ユーザレビュー

ドラマデータ提供