テレビドラマデータベース
TV DRAMA DATABASE
| セリフの「重層性」 テレビドラマデータベース雑談掲示板 2004/12/09 01:02 |
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(古崎康成)
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(TOMO)
ページ作者様の言いたいことと多少ずれてしまうかもしれませんが、最近のドラマの中にはとにかく全てを説明するかのごとく膨大な台詞のドラマや逆に余計なモノローグが多いドラマが増えてきていると思います。それは脚本家のせいもあるかもしれませんが、役者のせいもあるのかもしれません。たとえばちょっとした仕草でそのときの感情を表現できる役者がいれば、何もモノローグで説明する必要もないだろうし。もっと視聴者にその判断をゆだねてもいいのではないかと。今年放送のあった「砂の器」の公式HP内のBBSでもいっとき話題になっていました。あの場面のモノローグはいらないとかあ。
2004/12/09 02:02:58 (TOMO) すみません途中で送ってしまいました。あのドラマの視聴者の中にはちゃんとドラマを見ているときの自分の感情を大切にしたいという思いの方が掲示板に書き込みをされていました。どうなんでしょうかね。 2004/12/09 02:07:15 (良介) ページ作者様の仰る事、私も同意です。ドラマではないのですが、最近何かと話題の「ドラえもん」についても同じことが言えるように思います。初期の劇場公開映画ドラえもんは「勇気」などのメッセージを直接言葉ではなく、言葉の裏の意味や行動で表現していたのに、近年は、メッセージを全て言葉でそのまま表現してしまうようになってしまいました。「地球から緑が消えちゃう」とか「人間は頑張ってる」など・・・。 2004/12/09 03:48:13 (良介) <続きです> 先日のニュースに日本人の若者の読解力の低下が著しいとありました。やはり「言葉の裏」の意味や「隠喩」などの表現では、視聴者に理解されにくいようになってしまったのでしょうか・・・。 2004/12/09 03:50:00 (アール・ケイ) それはドラマのなかだけでなく現実の人間たちが薄っぺらになってしまったかもしれません、と書くとまとめ過ぎでしょうか。 「心」という字には「うら」という読みがあるぐらいで、ひとがクチにしないような、そのひと自身さえ気づいていないこころの裡(うら)をえぐり出してみせるのがドラマの仕事だったはずですよね。最近では『一番大切な人は誰ですか?』あたりがこの点では健闘してるほうだと思うのですが、数字が悪すぎですなあ。 2004/12/09 10:51:47 (ウルトラマリン) 多分に原則として一回限りの放送と言うドラマの置かれている立場が影響していると思われます。映画の場合何度も上映されるので細部まできちんと作り込む必要があります。また見る側も何度も見ることでセリフの意味を深く理解することが出来ます。しかしドラマの様に一回限りの放送ではちょっと席を外したりザッピングしたりすると分からなくなってしまい、連ドラのケースでは見てもらえなくなる可能性があってついつい説明調になるのではないでしょうか。但し橋田さんはラジオドラマ(画面を見ていなくても理解できるセリフ)を意識して書かれているそうなので(内容はともかく)少し様子が違いますが‥。テレビ草創期のテレビマン達はテレビを低く見る映画ファンの人びとの心を掴むために懸命に取り組まれたと思います。ドラマだけではなくバラエティー番組を作ることで新しい娯楽を提供することに心血を注いでこられたのでしょう。ところがテレビが映画に代わって市民権を得てから少しずつおかしくなってきた様に思えます。数字を取りやすいドラマ作りが優先され、週刊誌までもが内容ではなく数字で評価するようでは志の高いドラマの立場がありません。最近の例で言えば「慶次郎縁側日記」のような大人向けのドラマがもっと評価されるようにならないと状況は変わらないと思います。 2004/12/09 11:58:59 (アール・ケイ) 視聴者を信頼してないんでしょうね(信頼する、「委(ゆだ)ねる」ことが出来るほど作り手側に余裕がないというべきか…)。向田さんが存命ならドラマ界はどうなっていただろうと考えることが時たまあります(たぶんさっさと見切りをつけて小説に専念されていたことでしょうけど)。 2004/12/09 12:42:19 (小麦) 自分のページにも以前書いたのですが、日本映画にも最近、あまりにも「生」なセリフの押収が目立ちます。含みがない、というのとはちょっと違うのですが、たとえば「東京は巨大な資本主義の実験場だ」(ナイン・ソウルズ)、「われわれはジャパンじゃなく、アメポンだ」(凶気の桜)なんてセリフを聞くと、即効でかゆくなります。咀嚼されていない理屈を丸投げするのが、いつからかカッコイイことになっているような気がします。>ページ作者さま、たとえば、「夫婦。」は「金曜日の妻たちへ」と比べるとあまりにもそのセリフやしぐさに含みがなくてびっくりしますよね。言葉が心を裏切るのが、「金妻」的世界の醍醐味だったと思うのですが。 2004/12/09 23:17:22 (小麦) あ、誤字発見。押収じゃなくて応酬でした。 2004/12/09 23:18:11 (右京大作) まあ、悪例の代表は橋田センセイでしょうね。何でああ説明しなければならんのでしょうか? 視聴者にわかりやすく、というけど、それってバカにしてるだけじゃないの?”どうせあんたら、このくらい説明しなきゃわからんでしょ?”って感じで。 2004/12/09 23:43:42 (アップルロール) 若い若い人たち、もしかして10代の人たちとかは、こんなに「今アタシこう思ってる」とか言いいあってるのかな、今のドラマに共感できるのかな、と思う事はあります。今期の「夫婦。」とか前期の「バツ彼」とか、いい大人がこんなに自分の「本当の気持ち」を語り明かすのだろうか?ところで久々のページ作者さんのトピだわ、と思ったらちょうどバースデーね!おめでとう☆ 2004/12/09 23:46:19 (アール・ケイ) 『しゃべり場』だとかたまに見ることがありますが、まあ若いヤツぁ今も昔も(私らが若かった頃ね)そうは変わらないと思うのです。ただあの頃は「大人向き(とされた?)ドラマ」があって子供には理解しがたい人間同士の確執がちょっとは描かれていたわけで。そう子供に分からなくていいんですよね。全ての視聴者に(特にドラマを見なくなった若い層を意識して)分かるように描こうとするところに間違いがあるように思います。 2004/12/10 01:33:37 (市村) うーん、日本の学力が下がったというのも判るなあ(笑)。掲示板の書き込みでも読解力のない人がかなりいますからねえ。書き込みを読んで怒ってる人に多い(笑)。 2004/12/10 15:37:38 (市村) 橋田先生は、ながら見をしている人(調理中の主婦とか)に、耳で聞くだけでも話が判るようにということで、余計に多くセリフで説明をしているそうですけど…何か違うような(笑)。 2004/12/10 15:40:04 (市村) 前期のCX『人間の証明』の初回あたり、「さっぱり判らない(話が)」と掲示板に書いていた人を結構目にしましたが、「そこまで判らせてもらわなければダメなの?」と思いました。ですから、「言葉が心を裏切る」なんて技を出されては、理解出来ない人がかなりいるのかもしれ 2004/12/10 18:49:27 (市村) →続く→いるのかもしれません。やはり、本(文字)も読みましょう(笑)。 2004/12/10 18:50:54 (かわはら) 「やまとなでしこ」などは割と最近のドラマですが、「口で言ってることと本心は別」な桜子(松嶋菜々子)の心の変遷をうまく描けていたと思います。「きみはペット」も然りでスミレ(小雪)の心の葛藤(好きな人は、自分に釣り合う男ではなく、本当は心が許せる人)がうまく描かれていました。私は現状がそんなにひどいとは思わないですよ。 2004/12/10 18:59:56 (かわはら) >市村さん 「人間の証明」は一応ミステリーですからね。わからない、というよりは単に見よう、分かろうとする根気の問題じゃないんでしょうか?でも、もともと洞察力のない人にはやっぱり難しいのかな? 2004/12/10 19:05:40 (かわはら) 小説などの活字媒体については、かくいう私は、余程にひきつけられるような作品でないかぎり、活字で長編の話を読むのが苦手です。文章が文字の羅列に見えたらもうダメ。読んだ傍から内容を忘れてゆく(笑)。小説は苦手なんです。 2004/12/10 19:12:39 (かわはら) (無駄にレス件数をつかってすみません)こちらのサイトで好評だった「木更津キャッツアイ」が苦手でした。思ったことをそのまま大声で言う類の人物描写が安っぽく見えたのです。ページ作者さまはこの作品、どう評価されます?ちなみに作風がコメディかシリアスかということは人物描写やセリフ回しというものにあまり関係ないと思います。逆のことをいいますと、あまりにもったい付けた台詞回しや人物描写でもダメで、このことは「僕の生きる道」の最初の3話くらいを見ていると、ストーリー展開に無駄がない、しかし中身がしっかりとあり、引き付けられる演出で、もったい付けた、まわりくどい描かれ方とは対極の作品だと思います。第1話から好印象だったのでテレビの前に座ってみていましたが、見せる力のある作品は最初は声だけ聞いて他のことをしていても、テレビの前に座って見させるようになるものです。いつもではなくても、そういう作品が年に1-2本出てくるならそう悲観的にみる必要はないと思いますよ。 2004/12/10 19:43:05 (まと) 私が最近のもので一番よく出来てると思ったのは「ラストプレゼント」です。見るまでは「僕の生きる道」の二番煎じ(局は違いますが)のような気がしてたのですが、最後まであんなに楽しみにしてたのは日本のものでは久しぶり。おちゃらけた部分とシリアスな部分がうまく活きてたと思いました。ま、あんまりそうでもなかったような意見も結構でてましたけどね・・。その前何が好きだったか考えてみたら、そういえば「ビギナー」でした。あれは心の声が多かったけど、あれはあれでよかったです。・・って最初のトピから離れてしまってますよね。^_^; 2004/12/10 21:07:26 (ウルトラマリン) 何故含みを持たない直球形のセリフが増えてきたのか。簡単そうに見えて考えてみると難しいですね。一つの仮説としてバラエティー番組の影響があるのかなと考えてみました。私は普段バラエティー番組を見ないので確信は持てないのですが、芸能人が私生活を話すトーク番組とか多いですよね。さらに素人さんまでもが用意してきたかのような‘ネタ’を披露したりしています。こうした単純化された言葉に慣らされてしまっているとは考えすぎでしょうか? 2004/12/11 01:21:01 (単純なセリフでも『GFW』ぐらい馬鹿馬鹿しい話ならば許せた…、アール・ケイ) ありきたりなことを1つ書きますが、感動したときに「感動したっ」とそのまんま発するような単純な人間をトップに据え続けている国民ですからなにをか云わんやですな。 2004/12/12 01:16:51 (ページ作者) 皆様、レスありがとうございます。★小麦さん、確かに『夫婦。』を『金妻』と比べるとその差は歴然としていますね。でも『金妻』も放送当時はずいぶん表層的なセリフだと思ったものです。年々、表面的なセリフになってきているのかも知れません。★アップルロールさん、バースディ覚えてくれていてありがとうございます。★かわはらさん、『木更津…』は確かに感情をそのまま発露するセリフが多いですね。この傾向は1980年代後半以降、続いている傾向だと思いますがこれ自体は現実の言葉づかいが「意味なく口にする傾向が強まっている」のでむしろリアリティーがある方向に動いてきたように思います。私が気になっているのはセリフによって自己の深層心理まで理路整然と説明してしまう傾向なのです。 2004/12/12 04:50:18 (アール・ケイ) これはライターの問題というよりは、むしろ演者や演出家の問題(力量の低下)なのかもしれませんね。セリフに頼らないとドラマが進行しない(深まらない)という…。 2004/12/12 10:30:58 (R・K・K) 感動したことを素直に感動したという人間は単純ではないよ。 2004/12/12 16:13:50 (ウルトラマリン) うーん どうもこのトビの主旨が理解出来ていないのは私自身に問題がある?‘一を聞いて十を知る’なんて言葉はもはや死語なのかな。自分の本当の気持ちを言葉にするのが表層的だとは思えないんですけど、そうしたセルフだけで物語が進行するようだと ストーリーを動かすために用意されたセリフに思えて確かに薄っぺらいものに感じられますね。但し説明しないと分からない人と説明しなくても分かる人を物語の中で描き分けられれば良いのではないかと。登場人物の成熟度や性格付けがセリフに込められていれば私はOKです。 2004/12/12 23:07:57 |
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