テレビドラマデータベース
TV DRAMA DATABASE
| 辛口ドラマ評論 テレビドラマデータベース雑談掲示板 2003/06/21 10:24 |
今に至っての話ではないのですが、「ドラマを辛口に語る」ことをウリにしている「評論家」、なんとかならないのか、と思ってしまうのですがいかがなものでしょう。表面的に見ると「批判的に書かれた批評」は威勢が良く、テレビをほとんど見ていない層には単純明快な切り口で分かりやすい面があります。実際、一般雑誌の場合ですと最初から「批判的な切り口」を求めてくることが多いのでこうした評論家はますます重宝されます。
しかし「辛口に語る」ことが前提だったりすると時に真実を言い当てているとは言い難い面が少なくないのですよね。
スタッフ・キャストがいくら努力したとしても成果物である作品自体が失敗しているのなら批判されて仕方ない面はあるでしょうが、努力の結果、傑作が生まれたにも関わらず、それを「辛口に語る」ことをウリにしている評論家が一度ちらりと視聴しただけで適当に批判の文章を書いて、世間でそれが一定の評価として定着してしまう、しかも書いた「評論家」はそれで、のうのうと金をかせぎ、仕事をとっているという、そういうことは許せない、と思えたりします。
私も時おり雑誌に文章を書かせていただく者なので他者のことを書く資格がないかも知れませんが、同じように書かれた文章でも最初から「批判してやる」という意識が漂う文章というのは分かってしまうんですよね。実に気分が悪い。「自分の価値観が絶対的に正しい」という感じが漂う文章もいやなものです。また時には単純な事実誤認の「評論家」も見られます。「知らないのなら書くなよ」ってケースですね。
皆様もそのように感じられること、ありませんか。
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(アール・ケイ)
つまり、そこに“愛”があるか?なんでしょうね。「批判をするための批判」も「おべっか、おべんちゃら」も“愛”が欠けているのは同じです。雑誌編集者諸君も(恒例の)大河ドラマ批判をするときは1回ぐらい見てからにして欲しいものです。
2003/06/21 11:39:04 (kaya) 実は欠点をあげる批評というのは安易にかける代物だったりします。どんな作品にも必ず欠点はあります。パーフェクトなものなどこの世にはほとんど存在しないのですから。でもその「欠点」のみに焦点を絞って書く批評のなんと薄っぺらいこと。「批判」することが「インテリ」であるかのような錯覚に陥っているうちはまだまだ「愛」が足りんのです(笑)。本当に愛し始めると(どうかと思う表現だな・・・)欠点の中にある長所が自ずと浮かび上がってくるもののような気がします。「否定・批判」と「辛口」を混同してはいけないのだ。本来「辛口」には「愛」がなくてはね。 2003/06/21 12:01:40 (のよりん) 内田魯庵の昔から辛口評論家の末路はかなしきもの・・・ 2003/06/21 12:28:17 (市村) >そこに“愛”があるか? …それなんですよ、今どきの映画ライターにも言えることは。中学生のトイレの落書きみたいな、知っていることは何でも言えばイイという口調で、出演者や作品を茶化している文章をよく見ますが、書き手の頭の悪さ、知識のなさばかり目立ちますね。 2003/06/21 14:17:00 (浜磯) 具体的にどの評論家にその種の文が多いのか興味のあるところ。逆に、提灯記事ばかり書いている評論家(映画解説者にちょっとグレーゾーン系の人の匂い・笑)ってのもいるんでしょうか?素人として興味のあるところです(笑)。 2003/06/21 14:19:50 (市村) ユーミンの「山田邦子のモノマネ(自分の)には愛があるが、清水ミチコのそれには毒しかない」という弁がありましたが、対象の好きな部分をデフォルメするか、嫌いな部分をするか、どちらも似るかもしれないけれど、印象がかなり違うというのは事実でしょうね。 2003/06/21 14:20:09 (市村) あ、浜磯さんをサンドイッチしてしまった(笑)。具体的にということですが、ここでご迷惑をかけてはイケませんから、またそれはどこかで…(笑)。資料性のいい加減な人も具体例をあげて(冊子のページ数まで)お話出来ます(笑)。 2003/06/21 14:23:01 (昨日、歌舞伎を観にいって芸について考え中の浜磯) 私の持ってるある本も、今読み返すと結構、間違いが多いんですよ。そのときはありがたがって読んでたんですけど、CS放送の普及で旧作がかかるようになったから、間違いが発見しやすくなったのかもしれませんね。 2003/06/21 14:32:22 (市村) >提灯記事ばかり書いている …そうでないと、映画会社の試写会に呼んでもらえず、商売あがったりになるらしいです。本物の辛口評論家にならない限り、ツブされる(ツブれる)みたいですね。そういう意味では、本業が別にある人のほうがイイかも。 2003/06/21 15:08:16 (市村) 寺脇研さんなどは自腹で作品を見て、書いておられるみたいですから、ご立派ですね。しかし、一般公開の前に記事を書くためには、試写会に行かざるをえないですからね。でも旧作でも見ずに書いている奴(奴でイイでしょう)も確かに多いです(素人はイイんですよ)。 2003/06/21 15:11:37 (なぜ伝統芸能ばかりが人間国宝になるのか疑問の浜磯) 試写会に招待される芸能人も、「つまらない」と言う人は滅多にいませんね。言ったのは松田優作位なんだろうか?私の場合、ドラマ評はサラっと読む程度で、スポーツキャスターの野球・サッカー評なんかは割とチェックします。ここではっきり言いますが、ベッカムはたいした選手じゃありません。MFとしてはジダンやフィーゴの方がはるかに格上です。ファッションや鼻息の荒いヨメにだまされないように(笑)。 2003/06/21 16:11:43 (ページ作者) 本業が他にある人。確かに例えば小林信彦氏のテレビ評はともかく映画評に関してはスジが通っていると私は思いますね。そういえば辛口で一般に知られる「おすぎ」氏も結構、気を使っていますよね。ただ映画会社に気を使っているわけではないのかも知れませんが。今まで薄々感じていたのだけど「スマ・ステーション」の「あずみ」評あたりを見て確信に変わりました(笑)。でも本心のニュアンスは伝わっているからいいんだけど。 2003/06/21 16:14:33 (市村) 招待された芸能人でも「つまらない」と言っているのでしょうが、そこはカットされるのでしょう(笑)。で、新作はともかく、旧作(しかも駄作)のDVD発売の宣伝記事で、良く書かなければイケない映画ライターさんの記事を見ると、「キツい仕事だなー」と同情はします。 2003/06/21 16:24:58 (永瀬) 衛星やレンタルで簡単に廉価で数多くの作品に触れられる様になった今日、一般視聴者にとって評論家さんの評論文って必要なものなのでしょうか?。評論家さんがどんな評論しようと、それぞれ好きな作品は好き、嫌いなものは嫌いだと思いますので。で、評論家さんの文章で埋められている雑誌や書籍にお金を使う位なら、一つでも多くの作品を見る方にお金を使いたいと思う今日この頃なのです。でも(木村)佳乃ちゃんや釈(由美子)ちゃんが執筆しているコーナーや広告は、読んでしまいますけれど、ね(笑)。 2003/06/21 17:31:03 (アール・ケイ) まあこの話題も何度も繰り返してきたし、またこれからも繰り返していくんでしょうね。駄目な映画やドラマを評論家に“騙されて”見て、審美眼を磨いていくというのもまた必要なのかも。いいマイナー映画が著名な評論家の目に留まらず(というかそれは評論家の怠惰なんですが)埋もれていくのがいちばん哀しいですね。 で、評論家にも2つあって、ただストレートにおべんちゃらな紹介記事を書いてるヒトと、いかにも駄目な作品でもどこかいいとこ見るべきところがないかと「目利き」ならぬ「目開き」をしてみせるヒト、と。後者には愛を感じるわけであります。 2003/06/21 17:44:00 (かわはら) 辛口評論ですか...。単なる感想でしかないものが多い印象があり、私の場合評論自体を読んでいません。まぁ感想を書くなら思ったことをそのまま書くのが一番面白いかと...。>アールケイさん どこかいいところを意識すること自体偏屈の裏返しみたいな気がするので、私はそんなものを読んでも面白いと思わないでしょう(笑)いいと思うなら言い訳がましくほめずに「いい」って言えばいいじゃん。 2003/06/21 19:09:47 (ページ作者) まぁ、一般には「単なる感想」も批評の世界で積極的に解釈すれば「印象批評」というジャンルに分類されるそうですが、ただあまりにも「印象批評」ばかり多すぎるのが問題なのでしょう。 2003/06/21 21:18:16 (市村) 作品については各人が評価すればイイのです(私は昔から言い続けています)が、私は“資料本”を書く映画・ドラマライターについて申し上げたい。とにかく資料性を重視するライターさんが好きですし、信用もします。例えば…あえて名前を出すなら、S・Tさんとか。 2003/06/22 00:40:55 (ページ作者) ドラマでも映画でも、視聴したら、まず直感的に「感じる」わけで、その原初的に「感じたこと」を自分自身のものにするため頭の中で言語に置き直そうとする。ところが言語化しようとしても、最初に原初的に「感じたこと」とどうも一致しないことがある。そんなとき、そのずれを埋めるのが他者の「評論」であったりすると思うのです。自分にとって手に負えない代物に触れたとき、他人の評論を見て「納得」したくなるわけです。「好き」「嫌い」だけなら確かに評論はいらないかも知れないですが、それだけじゃ納得できないときがあるはずなんですよね。データ性の薄い評論にも、やはり存在意義はあるとは思うのですが、こういうニーズを満たさない「批評」が多すぎるんじゃないかと思ったりします。 2003/06/22 08:48:55 (小麦) コワくて出ていけない。このトピ…。 2003/06/22 09:11:30 (最近その「言語化能力」の退行が著しいかわはら) 何かを言いたいんだけど、言葉を選択すればするほど派生的な説明が多くなって、いいたいことから遠ざかるもどかしさ。そのとき気の利いた批評を読んで「ああそうか」と達意の文章だと思う。そういうことでしょうかね。私最近そんなことばっかりです。スランプで新作1にも感想が書けない。あぁ頭を鍛えなおさなくては。 2003/06/22 09:59:48 |
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