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  • 2004年6月28日
    脚本家・野沢尚さんが自殺 大河ドラマ脚本『坂の上の雲』初稿遺し…

  6月28日14時半ごろ、東京都目黒区八雲の脚本家・野沢尚(のざわ・ひさし)さんの事務所で、野沢さん自身が首を吊って死亡しているのが見つかりました。44歳でした。警視庁碑文谷署では事務所内に遺書があり、室内が荒らされている形跡もないことから自殺とみて捜査をすすめている模様です。

 新聞報道などを総合すると、この日の午後、野沢さんを訪ねてきた妻が部屋の呼び鈴を押したのに中から応答がなかったため、鍵業者を呼びドアを開けて室内に入ったところ死亡している野沢さんを見つけたといいます。警察の検視の結果などから、亡くなったのは27日深夜から28日未明とみられています。

 野沢尚さんは1960年5月7日、愛知県名古屋市生まれ。日本大学芸術学部にすすみ、プロットライターのアルバイトをしていたとき、第9回城戸賞に応募した作品、「Vマドンナ大戦争」が準入選となり、24歳のときドラマ「殺して、あなた…」(新藤兼人と共同)でシナリオ作家としてデビュー。以後、「木曜ゴールデンドラマ」「ドラマシティー'92」の2時間ドラマ枠で鶴橋康夫監督とのコンビで多数の作品を発表。この間発表されたコンビの諸作品は、「手枕さげて」(1987)でギャラクシー賞を受賞したのをはじめ、「愛(めぐみ)の世界」(1990)で、芸術作品賞、第17回放送文化基金賞優秀賞、ATP賞、ギャラクシー優秀賞を受賞したほか、「性的黙示録」(1992)でギャラクシー選奨、「雀色時(すずめいろどき)」(1992)で芸術作品賞を受賞。 さらにその後は連続ドラマに進出。フジテレビで『親愛なる者へ』(1992)、『素晴らしきかな人生』(1993)、『この愛に生きて』(1994)、『恋人よ』(1995)の恋愛ドラマを連作したあと、TBSでロードムービー風のドラマ『青い鳥』(1997)を発表するなど旺盛な創作活動に注目が集まりました。

 さらに、1998年にはミステリードラマ『眠れる森』を発表。綿密なコンストラクションによる精巧な脚本づくりをモットーにする野沢氏らしい連続ミステリードラマの傑作で放送当時、「犯人は誰か」が巷の話題をさらい、向田邦子賞を受賞。以後も佳編を次々と発表してきました。主な映画脚本としては、前述の城戸賞準入選作「Vマドンナ大戦争」のほか、「マリリンに逢いたい」(1988)、「その男、凶暴につき」(1989)、「さらば愛しのやくざ」(1990)、「赤と黒の熱情」(1991)、「課長島耕作」(1992)、「ラストソング」(杉田成道監督)、「私たちが好きだったこと」(1997)などがあ ります。

 なお、この4月に放送され実質的に最後のドラマとなった『砦なき者』(2004、テレビ朝日)では劇中、縄が天井からするすると降りてきて少女が陶酔したような表情で首 を吊って死ぬシーンがあり、今回の事件を暗示するような場面になってしまいました。

 また「Vマドンナ大戦争」や「マリリンに会いたい」のノベライズ本の出版を経て、オリジナル小説「恋人よ」を発表。小説家としても本格デビューを果たし、1997年に発表した小説「破線のマリス」で江戸川乱歩賞を受賞し たほか、2001年には「深紅」で吉川英治文学新人賞を獲得しています。このほか、舞台劇脚本として「恋人たちの短い夜」(1993)があります。

 なお、野沢さんにはNHKから2006年に放送予定だったスペシャル大河ドラマ「坂の上の雲」の脚本執筆が依頼されていましたが、野沢さん側が取材に時間がかかっているとして延期の申し入れがあり、NHK側もこれを了承、つい先日、2007年以降に放送が延期される旨の発表がなされていました。ただ今回の事件の取材の中で、野沢さんは既に同作の全15回分の初稿を既に書き上げていたことも明らかにされています。

 

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