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ドラマ 詳細データ芸術祭参加作品 にのしまっこ(似の島っ子、にのしまつこ)

芸術祭参加作品。1946年、広島駅周辺の浮浪児を収容した施設が舞台。職員や児童の生活のドキュメンタリー。当時の批評では酷評しているものもある。「批評というものが、大なり小なり感動にもとづくものでなければならないのなら、このドラマについては何も書かないほうがよいだろう。しかし、公共放送として聴視料をとっているNHKが、このように無駄なお金を使っているとすれば、何か書かないわけにはいかない。当事者は一体この『にのしまっこ』というドラマを放送して、聴視者にどんなプラスをもたらしてくれようとしたのだろうか。しかも、わざわざ芸術祭参加などと銘うって、たぶん普段より沢山制作費を使ってである。これは、戦争孤児という余りにも多く使い古された材料を、ただフィジカルに、それも極めて低い次元でしか創られていないのである。地方局(広島)という条件を考慮に入れても、これは決して許されるべきことではない。それは創作以前の問題だからである。作者はいったい何を云わんとしたのだろうか。まさか、「にのしまっこ」と呼ばれる少年たちのいることを、広く世間に知って貰おうとしただけではあるまい。戦争孤児に対する相も変わらぬ世の偏見を訴えたかったのか。それとも、左幸子扮する寮母の孤児たちに注ぐ愛情の美しさか。当然それ以上の今日的な高い意図があって創られたものだと思ったのだが、残念ながらこのドラマからは、何も汲み取ることができなかった。話の構成が前後(主人公の少年時代と青年時代)に割れているというようなことは、この場合、とるに足らない欠点であろう。なによりも作者の、今日に対する意識と創作態度が問題なのである。使い古された材料でもかまわない、それを1962年のテーマで貫いて欲しかった。創作という仕事は本来そういうものではないだろうか。安易なヒューマニズムや曖昧な世の偏見でこねあげたストーリーでは、なんの感動も呼ばないだろう。いくらロケーションが美しくとも、演技者たちが好演しても、これでは豚のシッポに過ぎない。いたずらに動いているだけなのである。豚のシッポは終日動いても、何事も成さずという、それは、標的を欠いた無意味な彷徨だからである。常に新鮮な魅力あるテーマをとりあげるということは、決して容易なことではない。だが、それが創作する者に課せられた義務ではないだろうか。創るということの意味を、もっと真剣に考えて欲しい。少なくとも年に一回、芸術祭参加と銘うって創るからには。【この項、文:岡田光治氏(「テレビドラマ」(雑誌、ソノレコード出版部刊)1962年12月号より引用)】」協力:似島学園。
キー局 NHK 放送曜日 放送期間 1962/10/12~1962/10/12
放送時間 20:00-21:00 放送回数 1 回 連続/単発 単発
番組名 ドラマ
主な出演 左  幸子島  米八島  朱八)、新  克利佐藤 忠和工藤堅太郎工藤堅大良)、難波 太郎堀  賢郎岩壁 光子岩垂 允子岩垂 充子夏  圭子夏  桂子)、鈴木 達也伊藤 興生白井 正明竹内 和子矢野 政子広島放送劇団
主な脚本 (作:たなべまもる田辺まもる))
主な演出 関谷 雅行関谷 行雄閑谷 雅行)、(応援:井上  博(クレジット表示なし)、大原  誠(クレジット表示なし)、村上  慧(クレジット表示なし))
局系列 NHK
制作会社 NHK(広島放送局)
音楽 田頭 徳治
撮影技術 (技術:加藤 広之
美術 (装置:田坂 光善

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