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ドラマ 詳細データ七人の孫(七人の孫(1))

「ただいま十一人」とともに第二期ホームドラマの代表作といえる。いしだあゆみ、悠木千帆(現・樹木希林)ドラマデビュー作。悠木と森繁久彌とのアドリブを交えた場面が人気を呼んだ。放送当時の新聞ラテ欄では「源氏鶏太原案」ではなく「源氏鶏太原作」と記載されているものがある。プロデューサーの逸見稔氏は本作を後年以下のように回顧している。「1963年の夏、例によってドラマ企画のネタ探しにTBS近くの金松堂書店のたなを眺めていた。『七人の孫』という四文字が、私の目に飛び込んできた。たなの隅っこに置かれてだいぶ経つらしく、背表紙はやや色あせたような感じで、著者を見たら源氏鶏太さんだった。立ち読みしたらすらすらと読めて面白かった。なによりも『七人の孫』という題名と、その人物構成に魅かれた。主人公は北原亮作という七三歳の老人である。亮作役は森繁久彌さんしかいないと斜め読みしながら思い込んだ。買って帰って、制作スタッフの宮武昭夫ディレクターに読んでもらった。「いいんじゃない」ともかく森繁久彌さんのところへ行って出演をお願いした。(中略)森繁さんは私を部屋に呼び、北原亮作役を引き受けると言ってくださった。私はほっと肩の荷を下ろした。「その代わり、頭の一分を私にくれ」これが『七人の孫』の冒頭の森繁トークとなった。森繁さんが日ごろ思っていることを、七三歳、白髪の北原亮作の口を通して語る。あるときは世相を痛烈に切り、ときには皮肉交じりに流行を揶揄する。普通なら角が立つところだが、森繁おじいちゃんの言葉として語られるとものすごい説得力がある。これが大いに人気を集め、話題となった。東京へ取って返した私は、まず脚本会議を開いた。集まったのは局側スタッフをはじめ、脚本界の大御所八住利夫さん、かねてから脚本執筆をお願いしながら東宝との契約の問題でテレビのレギュラーを持てなかった井手俊郎さん、ディレクター時代からの古い付き合いで都会派の台詞を書かせれば第一人者だと信じている松木ひろしさん、そして窪田篤人さん。「この作品、大映で映画化したけど、あまり面白くなかったよ」と八住さん。そこで原作を取り入れる部分、一回から三回までを井手さんにお願いし、八住さんには、オリジナルの一回目となる放送四回目を、五回目を松木さん、六回目は窪田さんということにした。脚本作りと並行して、キャスティングに入った。北原亮作は森繁久彌さんで決まっている。このとき森繁久彌さん四九歳、私は二九歳、ちょうど二〇歳違うということに気がついた。「うちの看板スターに、じいさん役をやらせるとはなにごとだ!」と東宝のお偉いさんからクレームがついたのもこのときである。【この項、逸見稔著「黄門様はテレビ好き」(1993年、近代映画社刊)より引用】」各回のサブタイトルは以下のとおり。第6回「無断駐車おことわり」。提供:松下電器、松下電工。【参考文献:逸見稔著「黄門様はテレビ好き」(1993年、近代映画社刊)、小林竜雄著「久世光彦vs.向田邦子」(2009/02/28、朝日新書、朝日新聞出版刊)】
キー局 TBS 放送曜日 放送期間 1964/01/06~1964/07/06
放送時間 20:00-20:56 放送回数 27 回 連続/単発 連続
番組名 ナショナル劇場
主な出演 森繁 久彌森繁 久弥)、大坂 志郎加藤 治子いしだ・あゆみいしだあゆみ)、島 かおり田島 和子松山英太郎長谷川哲夫悠木 千帆初代)(樹木 希林)、勝呂  誉稲垣美穂子月丘 夢路水島道太郎高橋 幸治松本めぐみ加賀まりこ
主な脚本 井手 俊郎(1)-(3)、八住 利夫八住 利雄)(4)、松木ひろし(5)(26)、向田 邦子(6)、柳沢 類寿(8)、窪田 篤人(9)、大島  渚(14)、林  秀彦
主なプロデューサ 逸見  稔
主な演出 山本 和夫(8)(14)、鈴木 利正(6)(9)(26)、宮武 昭夫、(演出補:久世 光彦
原作 (原案(台本には「原作」と表記):源氏 鶏太
局系列 JNN
制作会社 TBS
音楽 山本 直純
主題歌 森繁 久彌森繁 久弥)「森繁の人生讃歌」(作詞:森繁 久彌森繁 久弥)、作曲:山本 直純

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