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早春スケッチブック

早春スケッチブック>>メインコンテンツ>>「早春スケッチブック」を語ったひとびと


<<早春スケッチブック>>の主題(文・大橋恭彦氏、1983/12/06)

 <<早春スケッチブック>>に登場する高校生、望月和彦(鶴見辰吾)の前半の独白がこのドラマの人間関係と劇的状況を簡潔に説明している。

  「ぼくの本当の父は、母と結婚もしなかった。母はひとりでぼくを生み、十年前いまの父と結婚した。父の方には良子がいた。でもその頃は二歳だったし、十年たつと本当の兄妹のようだった。四人家族で、うまく行っていた。そこへ父が現れたのだった。正確には、ぼくの前にだけ現われた。ぼくはそんな父を拒否すべきだった。しかし父には拒否しきれない、何かがあった」

 かなり複雑な家族構成である。しかも父が二人になった。ある日和彦は実父竜彦に呼び出されて対面する。病身な竜彦の心情を察して彼の愛人が、こっそり誘い出したのだ。母にもそのことは告げずに和彦は何度か父を訪ねる。自分たち母子を捨てた男に対する憎しみが、遭うたびに薄らいでゆく心理の描写もおもしろいが、やさしいだけの今の父にはない竜彦の、骨太で示唆に富んだ言葉の底にある愛情に次第にほだされてゆく高校生の心情の揺れがキメこまかく描かれていた。このあと竜彦は、和彦ら一家のいまの生き方を恣意的に、はげしい言葉で罵倒しはじめる。現実にこんな乱暴な人物の悪意に満ちた一方的な介入に対して、どんな手だてがあるだろう。そんな不安な状況が続く。

 共通一次試験がある日、和彦は試験場を飛び出し、両親を極度に困惑させる。感じやすい年頃の和彦の心に、実父から浴びせられた罵声が錐(きり)のように突きささり、その痛みが彼の心情を屈折させたのだろう。

 後半、和彦ら一家が竜彦を訪ねて対決する応酬のセリフに凄いリアリティがあり、この数場面は多くのことを考えさせた。

 病状が悪化したせいか竜彦の表情にけわしさが消え、言葉にも真実味が出る。

 十年前に別れた息子に、性急に影響を与えたいと思った。強い印象も与えたくて大げさな口を利いた。と語ったあと、
「貴様らは骨の髄までありきたりだ、などとわめいた。たしかに私には、ありきたりなものへの嫌悪がある。ものを深く考えようともせず、ありきたりな口を利き、ありきたりな楽しみを求め、自分ではなにひとつ新しくはじめようとはしない人間を嫌う気持ちがある。しかし、言葉で非難すべきではなかった。そんなのは下劣です。自分にも、いくらでも、ありきたりなところがあるのに。すいません」…

 竜彦役の山崎努がめっぽううまかった。

【出典】

大橋恭彦・著「テレビ注文帖 あまから批評20年」(1985年、光文社文庫刊)より引用。

【筆者プロフィール】

大橋恭彦(おおはし・やすひこ)
 1910年、京都市生まれ。映画芸術社を主宰した。放送文化基金ドラマ部門専門審査委員。1996年逝去。女優・沢村貞子さんはその妻だった。


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